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SieMatic サンウェーブショールームオープン

S&H Japanは当初自前のショールームを持たず、「サンウェーブSieMaticショールーム」として東京・代々木に大型ショールームをオープンしました。

当時サンウェーブは「高級システムキッチン」とりわけ富裕層に受け入れられる
商品を模索しておりましたが、自社開発を断念し、長年SieMaticを扱い、磐石な地位を築き上げたS&HJapanと提携する道を選択しました。

ショールーム最寄駅JR代々木駅、山手通りに面し
SieMatic高級ラインナップ・高級家具が展示、従来のサンウェーブとは異なるショールームとなりました。
サンウェーブより専任スタッフが派遣され、高級キッチン路線がスタートされました。

しかし富裕層にキッチン・家具をコンサルト出来る「ノウハウ」を備えた人材は、一朝一夕に出来るはずなく、「大企業サラリーマン」が変わる事の難しさを痛感する事となります。

程なく代々木ショールームは閉鎖されS&HJapanは自前ショールームを日本橋に開設する事となります。

「たかがキッチン・されどキッチン」と言われますが,
前川社長、キッチンハウスの創業時の早田社長の目指されたものは、大企業「サラリーマン」には理解できないものだったのでしょうか。

C&CKitchen

S&HJapan設立パーティー

新会社スタートに際し、設立パーティーが都内有名ホテルにて開催されました。
正確には覚えておりませんが、「前川 公明を励ます会」と言う名称だったと思います。
集まられていた方々のお名前を見て、驚きの一言でした。業界関係企業のTOPの方々、普段お目にかかることなど出来ない方々が前川社長を激励にみえておられました。
皆さん個人のポケットマネーから出資され、払込資本金7500万円の会社となったそうです。
来賓の方が挨拶で「早く配当をいただけるよう楽しみしています。」とスピーチされた事を覚えています。
それまで培われてきた前川社長の「人脈」の広さ、凄さを目の当りにしたパーティーでした。

エピソード1・

入社後、社長と得意先挨拶周りに行った時のこと。
得意先デベロッパー事務所のドアを開けると、社員が一斉に立ち上がり
「社長、いらっしゃいませ!」と挨拶。
どちらがお客様かと驚き!
いかに前川社長とその会社が緊密な関係にあるか、うらずける出来事でした。

しかしこのような関係は最初からあった訳ではありません。
デベロッパーのキーマンがたまたま前川社長の通勤線上におられる事を知り、毎朝の通勤
電車で同じ車両に乗り合わせるようにし、コンタクトしたのが始まりと聞いております。
とにかく「相手が何を望むのか、どうしたら期待に応えられるのか、」察して、あっという間に信頼関係を築いてしまい、「前ちゃん、○ちゃん」と愛称で呼び合う間柄になってしまいます。S&HJapanを支えているのはまさに前川社長の人徳・人脈に他なりません。
経営の神様が「松下幸之助」と言われますが、営業の神様は「前川 公明社長」だと思います。


C&CKitchen

ポーゲンポール・ACUTUS 青山店(1986~)

当時のACTUSは青山ツインタワー(地下鉄・青山駅)にあり、テナントにはイタリア高級ブランド店がお見せを構える、高級感溢れるビルにありました。

渋谷寄りにはACUTUS本社ビルに「ヨーロッパ高級家具店・ユカワサルーン」があり高級品ブランドにふさわしい店構えでした。

エピソード1.

青山店にはポーゲンポールの展示セット数20を超えるコーナーがあり、各ブースをご覧戴いたお客様が「こんなキッチン素敵!イメージ通り!」と夢を膨らませる展示でした。
高級家具(ソファー・ベッド・・・)インターリュプヶ(家具)と一味違う展示でした。

プラン・レイアウトはすべてポーゲンポール社によるもの。
顧客対象は「富裕層」運転手さん付のお客様も多く来店されました。

私が担当した高級住宅を得意とされる、S工務店・M工務店さん。
定期的にお客様と来店され「ここへ来れば、お客様満足して下さるし、あとは任せておけば安心」と言われました。

acutus青山
雑誌「LIVIN&SYSTEM」 S61・4より

エピソード2.

有名人・芸能人御用達の青山店
ある日、大きなトンボ眼鏡(サングラス)をかけた女性が来店されました。
たまたま私が対応させて頂きましたが、お化粧はほとんどされていないが
お顔の肌が美しい方でした。スラリとした姿、丁寧なお話し方に、何か違う
ものを感じましたが、そのまま説明させて頂きました。

資料を取りに事務所にもどると、女性スタッフが大騒ぎ。
「女優のS.Iさんヨ」と教えてくれました。
お帰りになる際も「親切におしえてくれて有難うございます」と丁寧にお礼を
言われました。
現在でも当時のままのスタイルを保たれ、化粧品コマーシャルに出ていらっしゃいます。


エピソード2.

外出先から戻ると、スタッフが大騒ぎしておりました。
打合せコーナーを見ると、一際背の高い「K.T」さん。
スクリーンの中の姿そのままで、姿勢をただし、座られていました。
いるだけで形になる、「オーラ」が感じられました。
女性スタッフが「周りの男性、かすんじゃうわネ」と言いましたが
まさにその通り。
打合せ終了後、丁寧にお辞儀される姿が印象的でした。

芸能人・有名人の方々は私が在籍しておりました、2年足らずの間にも
ここに書ききれないほど来店されました。

ACTUS青山店は、その後閉鎖され、現在の新宿店へ移転しました。
当時S店長さんが
「新宿のイメージは、青山店の顧客・富裕層にはなじまなかった。」
とポツリと言われたことが印象的でした。

Poggenpohl(ポーゲンポール)システムキッチンは2010・1に港区南麻布に
直営店「ポーゲンポール キッチン デザインセンター東京」がオープンされ
ACUTUSと併売になっております。

輸入キッチンの名門「Poggenpohl」直営店がスタートされたことは、
ドイツキッチンひいきの私には嬉しい限りです。

Poggenpohl.jpg

Poggenphl2.jpg



kitchenplazaホームページ

poggenpohlJapanホームページ

三井ホームでのエピソード

エピソード1 陶工柿右衛門 デザイン・キッチン(昭和50年代末)

例により岡田社長から℡
「サンウェーブが凄いキッチンを作った。すぐ見て来い。」との事。
早速、戸田工場へ。
新製品発表会を開催しており、「人間国宝 陶工柿右衛門」デザインによるキッチンという振れ込みでした。
一体どのようなキッチン? と期待しましたが、ドアノブ(取手)のデザインが柿右衛門さんによるもので、正直期待はずれ。
説明によると、数セット既にお客様より受注頂いているとの事。数百万ものキッチンが予約済みとは、まさに驚きでした。
見学時のノベルティとして頂いたものが、同じく柿右衛門さんデザインによる「風呂敷」でした。
その後、このキッチンが量産された話は聞きません。
もし現在使われている方がいらっしゃれば、お宝ものかも知れません。

エピソード2 黒田秀雄先生との出会い(同上)

当時の上司Y部長より
「今日夜、面白い方と会うから予定してくれ、場所は京王プラザホテル」
ホテルのディナーなんてラッキーと軽い気持ちでロビーへ。
お会いしたのが、「黒田秀雄キッチンシステム研究所」の黒田先生でした。
記憶が確かではありませんが、当日戴いた名刺には「日本システムキッチン研究所・所長」と記されていました。
(社)日本住宅設備システム協会の事が頭にありましたので、「所管の官庁はどちらですか?」とお聞きしました。
すると「私が決めた研究所です。」との回答。
何と凄い方だと当時関心しましたが、後に先生の活躍を眼にして、失礼な質問をしてしまったと、反省しております。
業界での啓蒙活動を広くされ、検索サイトALL About のキッチンを担当されております。

all about
黒田秀雄


kitchenplazaホームページ

 その後のキッチンハウス

No.4 -5にキッチンハウスのスタート時点のことにふれました。
KH社の前身は、関東ユーデルという会社です。
S社長が,Mデパート外商にいらした頃、海外で「セントラルヒーティング」を知り、日本で扱われたそうです。社名の「ユーデル」は「湯出る」をもじったそうです。

富裕層をターゲットにした商品で、好評だったそうです。
その延長線上にあるものが「輸入システムキッチン」です。

当初、世田谷にショールームをオープンされましたが、社長の奥様が担当されて、1Fに「キッチン関連の小物」を扱われました。

商品は女性、奥様が欲しくなる、素敵なアイテム(台所用品、アクセサリー類)でした。
当時、私がお会いしたお客様の中にも、マニアのような方がいらっしゃいました。

現在の「fran2フランフラン」の高級版という感じでしょうか。
私も、影響され「東芝システムキッチンshop」を開設した時に、小物を販売致しました。
KHのフランチャイズに加盟するには、多額の「加盟金」が必要で、扱いを断念致しました。

KH社スタート時に、S社長がヘットハンティングされた、I専務(当時)が、小物の扱いの難しさ、「在庫管理」が大変と、嘆いていらっしゃいました。

I専務さんは、私と同世代で大手商社出身。
上野毛の本社(当時は本社兼倉庫)にお邪魔した時、お互い3K(3苦)の代表のようなキッチン業界を嘆いたものです。
しかし、I専務はKH社を業界の「リーダーカンパニー」にする、という熱い思いを語られていました。

文字通りS社長を支え、30年以上働かれ、今日のKH社を築きあげた訳です。
No 7にて、ライヒキッチンの事にふれましたが、扱い会社のX事業部長,no,2のG氏の退職後、扱いが消えました。

「企業は人なり」との喩えのように、キッチン業界では「人材」の重要性を、痛感します。

ドイツ・アルノキッチンの輸入から始まり、藤岡工場稼働、フランチャイズ店のスタート(高級外車販売会社)と進められましたが、その後「直営店」に方向転換されました。

数年前に、S社長は退かれ、現在は㈱TJMデザインという会社の「キッチンハウス事業部」という扱いになっております。

khsr.jpg

キッチンハウスURLより

エピソード1

Yさんという、ユニークな社員がいらっしゃいました。

S社長談
ある日ショールームで、お客様に一生懸命説明している見かけぬ社員がいたそうです。
「KHも大きくなったもんだ。社員の顔を覚えられなくなった。」と思われたそうです。

しかし、当日何人かの入社面接があり、その中に「見かけぬ社員」がいたそうです。
その根性に惚れ、S社長「即決」したそうです。

見かけぬ社員 「Yさん」も、長年KH社で働かれ、KH社を支えたお一人です。



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プロフィール

kitchenplaza

Author:kitchenplaza
早稲田大学経済学部卒業/40数年前に東芝にてシステムキッチン業務を開始(企画開発業務)/三井ホームにてキッチン事業構築、輸入キッチン(ポーゲンポール・ジーマティック)等経験後独立

数多くの輸入・国産キッチンの開発販売にたずさわり『日本のキッチンは高すぎる! 』の信念にもとずき「リーズナプルプライス・高品質キッチン」 の提供をライフワークとして取組んでおります。

事業開始後2020年1月現在350件を超えるお客様に
キッチン・家具をお届けしてまいりました。

最近は キッチン以外 時事 旅行 クッキング 日常等 脈絡なく記しています。

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